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1994.09.06. 第1回 「政治とは何か」

後藤田正晴氏 故 後藤田正晴/Masaharu Gotoda
座右の銘『一日生涯』
大正3年徳島生まれ。昭和14年東京大学法学部卒。内務省、自治省を経て、昭和44年警察庁長官。47年内閣官房副長官。51年に衆議院議員に初当選。その後、自治大臣、行政管理庁長官、総務庁長官、内閣官房長官、法務大臣、副総理を歴任。
村山内閣の十二の政治課題
 五五年体制が崩壊し、細川、羽田両内閣のあとに自社連立の村山内閣が成立したが、これは歴史の必然だった。村山内閣の課題は山積しているが、大切なことは連立三党が我を張らず、過去のいきさつは水に流して、国民的な立場から大胆な妥協をすることである。
政治がある状態とない状態
 今日は二十一世紀を担う若い皆さん方にこうしてお話をする機会を与えていただいて大変感謝をいたしております。
 といいますのは、どうも自由民主党というのは若い人に評判が悪い。世論調査の結果を見ましても、二十代の支持率なんていうのは見るも哀れな状況ですね。これはやはり自由民主党の体質、こういうものに影響しているかなという気がしないでもありませんけれども、こういった機会にぜひ自由民主党の我々も政治の場で懸命に努力はしているんだといったようなことをぜひご理解をしていただきたいと思います。
 事前の挨拶はそれくらいにしまして、今日はどういう話をすることになっているのかと秘書にクルマの中で聞きましたところ、「政治とは何か」ということになっているという話で、これは少し題を間違えてきたなということで戸惑いながらやってきたんです。しかし、題がそういうことですから、政治とは何かということから話をして、そして村山内閣成立の経緯と、同時に、この内閣のやらなければならない課題、その課題の中で私なりに考えていることで、皆さん方にぜひ理解しておいてほしいということがありますから、それをお話し申し上げながら、この政局の先行きはどうなるんだろうかといったようなことについてふれてみたいと思います。
 なにしろ、四十分で話をしろというんですけれども、私はこの話をすると一時間半ぐらいかかるんです。そういうことで、今日は係の人が後ろで、もうやめろという合図をしてくれることになっておりますから、途中でやめることになるかもしれませんが、その点はひとつあらかじめご了解をしておいていただきたいと思います。
 突然のことで戸惑っているんですが、「政治とは何か」ということですね。政治というのは人によって、政治は最高の道徳であるとか、あるいは政治は力であるとかいったようないろんなことを言う人がいるのですが、これはいずれも政治の一面をとらえたご意見であろう。あるいは、学問的に言えば、統治の主体が国民に対して行う行為を政治と言うんだといったような難しいこともおっしゃる。しかし、私は政治的に考えますと、政治というのは、しょせんは国民が当面しているといいますか、願っているとでもいいますか、その時々の政治課題を国民よりは半歩ないし一歩ぐらい先を見ながら、その政治課題というものを的確にとらえて、その課題を解決するための政策をつくる。そして、それの理論づけをする。さらに、その解決策を国民に周知徹底させて、理解と支持を求めながら、たくましくその政策を実行するということが政治であって、そういう状態があることを「政治がある」といい、それができないのは「政治がない」ということになる。そして、それをやるのが政治家であると私は考えております。
五五年体制が変化せざるを得なくなった
 そういうことを考えますと、昨年の八月九日に三十八年間の自由民主党の政権が倒れて、「非自民」という細川連立政権ができたわけですが、これがいわゆる一九五五年以来三十八年間続いてきた日本の政治の仕組みが崩壊しはじめた第一歩であったと思うんです。
 日本の政治のシステムというものは、東西対立の中でイデオロギーを中心にしながら三十八年間、自由民主党と社会党が中心になって政治を担当してきました。その間、一方は市場経済、そして資本主義社会、自由主義社会を維持発展をさせる。片方は、社会主義社会の建設、そして中央統制経済。こういうまったく相容れない二つの政治勢力が互いに競い合ったわけですが、それに対して国民は我々自由民主党に味方をしたということは率直に言えると思います。
 その結果どうなったかというと、自由民主党の長期政権が三十八年間続いたということなんです。これは世界の議会制度のある国で見ますと、いちばん長いのがメキシコのPRI党ですよね。これは六十年間続いている。その結果どうなったかと言えば、権力に伴う腐敗現象が続出したということですね。
 ところが、一方、社会党はどうなったかというと、自民党の長期政権のもとで単なる批判政党にとどまった。そして政権をとる意思もなければ、能力もない。こういった政治状況が続いてきたんですね。この政治状況というものは、やはり東西関係の世界における対立がそのまま日本の政治に投影していたわけですから、これを誰も不思議に思わないといったようなことで、大変不思議な議会政治なんですけれども、それが続いてきた。
 ところが、東西の対立が解けて、イデオロギーの対立というものがなくなったわけですね。日本の政治に投影をしていた世界情勢がすっかり変わったということになってくると、日本の政治も変わらざるを得なくなった。それで五五年体制というものが変化をせざるを得なくなった。これが昨年からの日本が当面している現状であろうと思うわけです。
行き詰まった議会政治を活性化させる
 そもそも議会政治において、いちばん大事なものは何かというと、健全な野党が存在することなんです。そして、与野党の厳しい対立の中で時に政策を争い、そして時に腐敗事件があるといったようなときには、当然、与野党の間で政権が交代する。そういった政治システムの中で緊張した政治関係をつくり上げていくというのが議会政治のあるべき姿です。そのことから見ると、日本の政治というものは、まことになんというか、議会政治といいながら、当然、行き詰まるはずなんです。それが昨年、現実のものとなってしまったということなんです。
 そこで、我々が取り組んでいるのは、こういった政治状況の中で議会政治の活性化ということをやらなければならない。議会政治の活性化をやることによって、いま言ったあるべき議会政治のシステムをつくるということなんですが、それの手段は何かということになると、腐敗防止も当然のことですけれども、これは現在の選挙制度に原因があるのではないのかなと。それは世界でも例のない中選挙区制度、つまり百二十九の選挙区から五百十一名を選ぶ。そして過半数の二百五十六名という多数を獲得しなければ政権がとれない。そうなってくると、政権党の選挙は野党と戦う前にまずは同士打ちをやるわけです。同士打ちをやればどうなるかと言えば、五人の選挙区の制度がある以上は、政権政党の中に五つの派閥ができるのは当然なんです。そうすると、派閥の維持のために資金を集めなければならない。同時にまた、それは党対党の本来あるべき選挙の戦いではなくて、同じ党の中での個人の戦いをまずやらなければならない。ということになると、勢い個人も無理をして政治資金を集める。そういったことから腐敗現象が生じる。同時に、党の中に当然のことながら派閥ができ、そしてその派閥が政治資金を集め、人事を争うといったようなことで、まさに党の中に党があるといったような状況にならざるを得ないのが現在の中選挙区制度であることだけは間違いない。
議会政治活性化のための手段が政治改革
 そうすると、それをどうやって直すかということになると、選挙制度というのは比例制か小選挙区制以外はないんですよ。それか折衷案かしかありません。そこで我々は選挙制度の改革というものをやろうと考えたわけです。
 ところが、どうも世間一般の印象もそうなんですけれども、自由民主党の中の諸君の考え方の中にも政治改革というのは選挙制度の改革である。あるいは政治資金規制法の改革である。腐敗防止の制度の整備であるとか、あるいは国庫助成であるとかといったような、選挙に伴うもろもろの制度を変えることが政治改革であるという、手段と目的を取り違えた議論があるわけなんです。
 そうじゃないんで、これは先程言った本来あるべき議会政治を実現するための手段にすぎないわけです。その手段がまだ正式には決まっていない。政治改革に関する四つの法立案が自民党の修正案どおり、共産党以外、全会一致で成立はしておりますけれども、これが動きだすには区割り法案が成立しなければならない。この法律案ができるまでは全部錠前がかかっているんです。出来上がっている四つの法律の施工は、区割り法の施工の日をもって施工するとなっているんですから、それをこの次の国会で何としてでも成立させなければならない。これが、今日、我々が取り組んでいる手段としての政治改革である。
 しかし、政治改革の目的は、全然別で、本来的に議会政治のあるべき姿、つまりは活性化。議会政治が錆びついて、もうどうにも動きがとれなくなった現状を打開して、議会政治そのものを活性化させる。
 それにはどういうことがあるかといいますと、いま言ったような議会制度に伴うもろもろの改革もあるし、あるいは国会自身のあり方の改革もあるんですね。それからまた、政党みずからも身ぎれいにするというようなこともあるでしょう。党自身の改革ということですね。これらも全部やる。
 そして同時に、この選挙制度を改正することによって政党が自ら離合集散をして、最終的に与野党の二大政党になるか、それともそうではなくて、政治勢力としての二つになるか、これはこれからの変化がどうなるかということによってなんとも言えませんが、いずれにせよ、与野党間の政権の交代のある政治システムをつくり上げていくということに我々は取り組んでいるんだということを理解してほしいと思います。
五五年体制崩壊の第一段階と第二段階
 そういった観点から、五五年体制というものが一体どういう変化を今日までしたかということになると、先程言ったように細川君の内閣が成立をした直前、宮澤内閣の末期に野党提出の不信任案が成立をした。これは議会政治の上で成立するはずがない。というのは、与党が圧倒的多数だったんですから。
 ところが、与党の中からいわゆる謀叛人が出てきたということですね。謀叛というのは言葉が悪いですが自民党にとってみれば、これは背反行為であることは間違いない。それが出て野党に同調をする。これが第一歩ですよ。その結果、総選挙になり、過半数を得る政党はない。本来言えば、第一党の自由民主党が政局収拾の任にあたるのが議会政治の常道だと思うけれども、そうはいかないといったことで、「非自民」という細川連立政権ができた。これが五五年体制崩壊の第一歩であったと思います。
 第二段階目の崩壊は何であったかというと、その細川君が今年の四月八日、突然、「俺、やめた」と言ったわけです。随分無責任な話だと思いますよ。だけど、しょうがない、本人がやめるというんだから。そのあと、四月二十八日に羽田政権ができた。この間の二十日間ばかりの動きですよね。渡辺美智雄さんが出るとか出ないとかいったような騒ぎがあり、自由民主党の中からも若干、守旧派の諸君も出るし、改革派の諸君も出ていった、といったような騒ぎがあった。
 しかし、なによりも大きな騒ぎは何だったかというと、首班指名をするときには社会党は連立与党に入っていたわけですね。だから文字通り、多数与党であったわけです。ところが、首班指名を終えて、天皇の信任式がまだ行われていない、ましてや、総理大臣が任命する国務大臣の任命、天皇の認証も終わってない段階で、連立与党は社会党を抜きにして国会内の統一会派「改新」をつくる動きをした。これは不信行為であるということから社会党が連立与党から出てしまったわけですね。そういう一連の動き、これが五五年体制の第二段階の崩壊であったと思います。
 そこで出来上がった羽田内閣というのはどういう内閣であったかというと、議会制民主主義、議員内閣制度のもとでありうべからざる内閣、正統性がないんです。衆議院で三分の一強しかない少数与党ですから、いつ不信任案が出されても成立する。不信任案が成立すれば、総辞職をするか、解散をするか、どちらかです。筋論から言うと、解散すべきです。だけれども、それは筋論であって、私自身のモノの見方はそうじゃなかった。これは小沢君の作戦から見れば、当然、社会党と自由民主党の中に手を突っ込む。そして政局の再編成に乗り出すと見ていたら、案の定、それで来たわけです。
 ところが、それが失敗をしたものだから、羽田内閣は二か月でやめた。二か月というのはひどいですよ。国民の利害休威を忘れてしまっていますよね。
自社連立はわが国政治において必然だった
 そこで、今度は何ができたかというと、村山さんの内閣ができたんです。村山内閣というのものができたときに国民の中からは、一体、日本の政治はどうなるんだ、いくら何でもこれはひどいではないかという不信感、不安感が出ました。私はそれは当然だと思っております。過去、四十年前後、お互いに戦っていた自由民主党と社会党が連立するんですから、誰しもおかしいと思いますよ。私も正直言って、党執行部の考え方に対して多少戸惑いがあった。だけれども、よく考えてみますと、これはわが国の政治の歴史の中における、ある意味において必然であったと思うんです。
 それはなぜかというと、内政の上で見ますと、自由民主党は本当は自由民主党でない。社会自由党ですよ。一体、世界の多くの国々の中で社会主義国家も入れて本当に日本ぐらい平準化した社会がありますか。国民の所得を階層別に五段階に分けた発表が毎年あるはずです。あれを見てご覧なさい。いわゆる大金持ちもいなければ、明日一体どうして飯が食えるかなと思うようなひどい人もいません。試みにあなた方の会社の新入社員の給与と社長の給与を比べてごらんなさいよ、何倍か。アメリカのクライスラーの新入社員とアイアコッカの給与を比べてごらんなさい。どれぐらい開きがあるか。日本ぐらい開きのない平均化した社会はない。これが日本で革命がなかったということなんですよ。日本の社会が安定をしていたという基盤なんです。それは誰がやったかと言えば、自由民主党がやったんですよ。
 自由民主党がなぜやったかと言えば、批判政党として社会主義社会の実現を目指している社会党というものの存在があったからです。社会党は何でも反対すると言って我々は悪口を言いましたけれども、現実に日本の国内政治を安定させようと思えば、彼らの言っている政策の先取りをどんどんしていかなければ、この国の安定はできなかったのです。だから、日本の利潤配分の割合、あるいは社会福祉、あるいは社会保障制度などを見れば、戦後の半世紀の間に日本がどれぐらい先進国に追いつき追い越すことができたか、それがよくわかります。
 今は確かにモノの値段の内外格差がひどいですよね。それから流通問題とか、農業問題での生産性が低いといったようなことがあるので、これだけ日本が豊かになってもなかなか豊かさの実感というものがありませんね。しかし、これをドル相場でやってごらんなさい。日本は世界一の債権国ですよ。いちばんよけい持っている。個人所得だっていちばん高い。個人の資産だって今日、世界一になっていますよね。しかも、非常に平準化した社会の中でここまで日本というものをもってくることができたのは、自由民主党が内政上、社会党というものの存在を頭に置きながら、日本社会を社会主義社会にしてはいけないんだ、彼らの主張を取り入れなければ世の中はうまく収まらないのだということで四十年近くやってきた、その結果であったと私は思う。だから、社会党の主張と自由民主党の主張というのは、内政の上では喧嘩しながらも実際はそれほど大きな開きはないんです。
 開きがあったのは安保、防衛、憲法問題、外交問題ですね。外交、防衛の問題で開きがあった。こういう席で私が言うのはいかがかなとは思うけれども、これはアメリカなり外国の目から日本の自由民主党のやり方を見ていると、どうも自由民主党というのは我々と折衝すると、なにしろ国内の政治勢力に社会党だのなんだのうるさいのがいて、とてもじゃないが、あなた方の言うとおりにはできませんよと、うまいこと言って少々ごまかしてきたなというのが外国の評価ですよ、率直に言って。  ことほどさように、外交の面において自由民主党が社会党の主張を利用したということも事実なんです。だけれども、主張の基本が食い違っていたことだけは間違いない。片方は、安保も自衛隊も、こんなもの駄目だというわけでしょう。みんな憲法違反だと。自民党は、そんなことあるかと言ってます。
ヨーロッパでは当たり前のことだ
 そこで、今度の村山政権ができるまでの話ですが、なかなか受け皿がない。なるべきは野党第一党の総裁である河野さんだと思いましたが、河野さんということになると、社会党がのめないんですよ。それは衆議院の議席数が二百人対七十人なんです。連立じゃなくなるんです。むこうにすれば、のみ込まれるんです。それは困るということですよね。そうなれば村山さんしかないけれども、さて、待てよと。村山さんは安保、防衛、憲法問題で現実的な対応はできるのかい、ということですよ。ここが一番大事なことだった。この点について、話し合いのなかで心配ないなという心証を私は得ることが出来たんです。そうなると、内政上は、自由民主党はすでに社会主義的政策を取り入れてしまっているといったことから、歴史の流れのなかで自社連立は可能だと考えましたね。ヨーロッパでは当たり前のことですよね。
 ただ、率直に言わなければならないと思うのは、自由民主党が野党になったのはわずか十か月ですよね。細川政権八か月、羽田政権二か月、たった十か月野党になっただけで、自由民主党は、無力感、焦燥感、そして求心力を失いつつあったんですよ。これ以上、野党生活が続いていると切り崩されていくという心配が出てきたんですね。これからの議会政治というのは、四年や五年、野党でいるんですよ。その間に必ず政権政党は腐敗する。それと同時に政策の誤りを来す。そのときに政権の交代がある。これが議会政治です。十か月ぐらいで音をあげるということがあるかと思う。しかしながら、現実がそうである以上は、党の執行部としてはやむをえない選択だと私は思いましたね。私自身はさっき言ったように、これは必然であるという理解ですけれども。
国民的な立場に立っての妥協をやれ
 そこで、今日、このセミナーがあるから村山内閣の政治課題というのを夕べ、私は整理しました。それを時間がありませんから読んで、あとでちょっと問題点だけ紹介します。
 第一は、政治改革の完結です。これは途中で放棄は許さない、こういうことですね。
 第二は、税制改革です。これは基本方針を定めて改革するということ。
 第三は、ウルグアイ・ラウンド(ガットの新多角的貿易交渉)の事後処理です。これは議会の承認と同時に、ウルグアイ・ラウンドに伴う関連法律を成立させること。その中でいちばんやっかいなのはコメの問題。つまり、コメの部分解放をやっている。そこで、食管法あるいは農業基本法をどうするかという問題。
 第四は、日米経済協議です。優先三分野というのがある。この優先三分野のうち、保険と政府調達は大体話はつくと思うけれども、問題は自動車。これはなかなか容易でないということで、私はこれは政治決断として内閣がやらなければならないのではないかと思う。
 第五は、行政改革のうち、特に規制緩和、許認可です。これは内外価格差をできる限り解消するという立場に立って規制緩和を思い切ってやらなければならない。二百七十九項目ぐらいで済む問題ではありません。しかし、これは役人の総抵抗があるよということ。
 第六は、特殊法人をどのように活性化し、あるいはまた合併し、廃止し、民営化するか。これもまたお役人さんが徹底抗戦をする問題で非常に難しいが、これをほっとくわけにはいかない。
 第七は、国連の安保理常任理事国入りの問題。これにどう対応するか。
 第八は、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核の問題。この問題について日本はどういう対応をするか。
 第九は、防衛計画大綱。これの見直しに関連して、防衛懇という懇談会が細川内閣のときにできた。これが答申をしている。この答申をどう取り扱うかという問題。
 第十は、それらに関連して日本の危機管理体制をどのように考えるか。
 第十一は、いま各省各局、縦割り行政の弊害があまりにも強すぎるといったときに、官邸の総合調整機能をどのように強化をするのかといったような問題。
 第十二は、終戦五十年が来年来る。その終戦五十年を迎えて、日本はこれにどのように対応するかという問題。
 こういうような問題がこの内閣の前途に重なって、山また山の重畳たる峰が続いているということですから、これを三つでも四つでもいいから、できるところから、そして緊急度合いの高いものから解決していくのが村山内閣の責任であろう。これはできるのか、できないのかということになると、いまの連立与党は衆議院の中で圧倒的な勢力を持っている。参議院にいたってはなおさら圧倒的な勢力がある。この内閣でやれないはずはない。やれないとするならば、それはそれぞれの連立三党の中で話し合いがつかないということで、これでは何にもできなくなります。
 そこで私はしばしば、三党とも我を張るなと言っているんです。我を張らないで、大胆に国民的な立場に立っての妥協をやれと。そして同時に、三つの党の中が謀叛を起こしたらいかん。いま現実に野党のほうから手を突っ込んできてるんだから。というのは、参議院選挙、衆議院選挙が来年から再来年にかけてあるでしょう。そうすると、公認問題で右往左往するから、そこに手を突っ込んでくる。そこらをよほど頭の中に置いて、党の結束を図ること。そして結束した三党は、思い切った妥協をして、その妥協はあくまでも国民的な視野に立って、今までのいきさつなんか水に流してやりなさいということです。
 そうすれば、「この内閣は野合内閣で短命だ」なんて羽田君たちは言ってるが、短命は己のところじゃないかと。己のところは二か月でやめたじゃないかと、こういうことなの。こんなもの気にすることはない。私は、これをやりさえすれば、この内閣は、次の衆議院選挙がいつあるかわかりませんが、そのときまで続く。選挙があれば、自ずからまた別の政権樹立をめぐってのいろんな動きが出てきますから、それまではこの内閣が続くということは明らかです。私はこのように思っております。
 そこで、今日は自由民主党文化局が協力しているセミナーだということですから申し上げます。自由民主党としては、出直し的な抜本改革、それ以外ありません。旧来の体質のままでは残念ながら、次の選挙は明るくない。私はそう思う。第一、あなた方若い人が入れてくれないんだ。それじゃ駄目だ。二十一世紀に生きていかなければならない若い人たちの共感を得なければならない。それには、自由民主党の大改革以外ないと思います。
一国平和主義は悪だという間違った解釈が
 そこで一つは、最近の言葉の中で私は気にかかるものがある。それは一国平和主義というのは悪だという考え方がある。誰がそんなことを言ってるんですか。確かに閉鎖的な一国平和主義を言いたかったのでしょう。しかしながら、日本国憲法の前文の中には、平和主義と国際主義ということがある。それを受けて憲法九条の戦争放棄というものもある。憲法前文と日本国憲法の九条というものは、一国平和主義という閉鎖的なものではありません。これは従来の国際的な枠組みが武力中心の枠組みでできているんですよ。日本国憲法ができるときの世界の状況はそうでしょう。それを改めるんだと。そして国際的には平和と各国間の共生、そういう新しい枠組みをつくる。日本として新しい世界に向けて発信すべきことがあの憲法の中に書いてあるんだと理解すべきであって、一国平和主義をけしからんなんていうのは間違った解釈をしている。
 そこで、これを憲法政策的に言うならば、これから先、日本が世界に向けて言うべきことは何かということになると、それは何といっても核の廃絶です。そして軍縮だ。同時に、各国の武器生産、武器の貿易をできる限り抑制して、透明度を高めていく。こういうことを日本は世界に向けて働きかけていくべきである。私はさように考える。これは最近、どうも間違って使われているのはおかしい。こういう思いから、私の見解を述べておきたい。 
現在の常任理事国制度は過去の遺物だ
 それからもう一つ言っておきたいことは、国連の安保理常任理事国入りの問題。
 これは確かに代表のないところに課税はないですよね。議会というのはそこから生まれてきたのですから、フランス革命でね。日本は一二・五%の国連の費用を負担しているんだ。そのうち一五%になるかもしれない。世界第二番目になる。それで常任理事国でないというのはおかしいじゃないですか。当たり前の話。それからまた、国際社会の中でこれだけの経済大国、そして同時に、それを背景にした政治的発言力の高まった日本が国連の常任理事国に入っていないということは、私はいかにも不自然だと思う。入ってしかるべきだと思うんです。
 しかしながら、同時にそれでは一体、いまの国連の運営はどうなっているか。また常任理事国というものはいかなる経緯でできて、今どういうように運営されているかということを考えると、これは第二次世界大戦の戦勝国五か国の世界的なベゲモニーを続けようということであって、当然のことながら敗戦国である日本、ドイツ、イタリア、こういったその他の国々は今でも国連の規定の中では敵国条項というものが適用になっているんです。これは名存実亡ではあるんですよ。動いているわけじゃないけれども、ちゃんと規定はあって、直ってない。そういう状況です。しかも、本来、国連というものは国家間の争い、その紛争を調整する。そして平和を維持していくという機関であったことだけは間違いない。
日本は国連の改革を主張すべきだ
 ところが、冷戦が終わったあとどうなったかというと、民族の対立、部族の対立、宗教の対立、あるいは当該地域の中の国境紛争、例えば旧ソ連の中の国境の紛争などが生じている。はなはだしい場合は、政権が軍事政権であるということで、これは許されない。こういった問題についてまで国連が関与しだした。
 ということは、本来、国家間の紛争をなくそうという組織が、内政問題にまで口を入れだしたということなんです。しかもそれが五つの戦勝国が今日、常任理事国として、都合の悪いとこだけは拒否権を持っている。そして世界を指導しようとしている。
 つまり、現在の常任理事国制度というものは、アンシャンレジーム、過去の遺物である。
 冷戦が終わったあとは、新しく国連というものの運営のあり方を考える。さらには五つの常任理事国で果たして残り百七十九か国が本当に満足するような運営になっているのかということを考えると、日本が主張すべきは国連の改革である。
 常任理事国の数を増やして、本当にそれぞれの地域も代表するし、あるいはまたそれぞれの人口のバランスというようなものもよく考える。そういったようなことで、まずは国連の改革というものを主張すべきである。そういった主張の中で日本も常任理事国の資格はあるよ、やりますよといってやるのがいいのであって、国連の常任理事国入りだけを突出させて世界に主張し続けるということはいかがなもんであろうかと考える。そこはモノの順序をよく考えてやらなければならない。
 ころに今いちばんおかしいと思うのは、この五つの常任理事国が武器輸出の九○%をやっているんですよ。部族紛争をやっているところへその武器を持って行くわけですから、何といったってこれは論理の矛盾ですよね。こういうようなことを考えて、私は国連の常任理事国入りはして差し支えないと思っています。
 しかしながら、やり方としては常任理事国入りがまずありきという今のやり方は少しまずいのではないのかという考え方を持っております。だから、そういう方向で私はこの問題には対応すべきではないのかなと考えています。特に大事なことは常任理事国になることは相当の覚悟がいるということです。
 それから、日本の国民的な議論が不十分だ。国民の論議というもの、支持と理解というもの、なによりもアジア各国の理解、それは東南アジア各国ではない。東南アジア各国は日本からの援助を期待している。いちばん肝心なのは、やはり中国と韓国だ。日本はアジアを離れたら存立はありません。アメリカとの友好関係は当然だ。これを壊したら絶対いかん。しかしながら、同時にそれだけではいけない。あくまでもアジアの一国であるということを忘れないで、私は外交は運営すべきものと考えます。
防衛懇の答申を簡単に扱うな
 いま一つ、防衛懇の問題があります。防衛懇というのは、細川さんが世界の軍縮の先導者になりたいといったようなことで防衛計画大綱の見直しをやるんだと言うことでやった。それじゃ、その方針があの懇談会の人選の中でどう生かされたのだろうか。そして、あの懇談会の中身は世間が分かっているのか。結論だけじゃないか。結論を見ると、国連の紛争解決能力というものとアメリカに対する協力、そしてそれに能動的に日本が対応して、自衛隊を使うんだと、こう出てきているんですよ。それで自衛隊の本務の中に、いいですか、本務ですよ、本務というのは、自衛隊法の第三条ですよ。その中に国連のPKOとかPKFの部隊の任務を付け加えるといったようなことまで書いてある。
 これはよほど慎重なる対応を要すると思います。自衛隊が憲法上認められている理由は何かということになる。憲法の解釈というものは、硬性憲法ですから、解釈にフレキシビリティーを持たなければならない。柔軟にやってよろしいと。しかしながら、その限界はどこだということになると、これは国民の憲法的確信、つまりは法的確信ですよ。あるいは、国民の規範意識、それで支えられているのか、いいのかという、そこが限界だ。それを超えるときには、成文憲法である以上は無理な解釈はできない。憲法を改正しなければできないんです。むやみやたらな拡大解釈はできないんだといったような考え方をもって、私はこういう問題にはきちんと対応しなければいけないと思う。その限界はどこだというと、人おのおの憲法の枠内でみんなやるやると言っている。  皆さん方、新聞を読むときにはよく注意して読まなければならない。なぜかというと、憲法の枠が人によって違うんです。それでは困るんです。
 私個人の意見は、海外に出て武力行使だけはやらない。これが現在の憲法解釈の限界であるというふうに考えている。
 というのは、自衛隊は今日、合憲と言っている。私も合憲だと言っている。国民の七割以上のものが自衛隊の存在を認めている。憲法違反とは言っていない。ならば、これは合憲だと認めていいではないか。と同時に、憲法といえども他国の不法なる侵略に対して武器を持って抵抗する。それがために必要最小限度の武装部隊を持つということは自然権なんですよ。憲法といえども否定できない。ちょうど個人の正当防衛権と同じなんです。だから、私は自衛隊は合憲だ、なにが違憲だと言っているんです。
 しかし、ここで仮に海外に出て武力行使を自衛隊がやりますよと言ったときに国民が七割以上賛成するかというんです。とてもじゃないが、賛成しない。
 そういうことを考えると、ここで無理な拡張解釈はできない。どうしてもそれを拡張するというなら、憲法改正以外ありませんよ、ということを私は言いたい。その限界は海外に出て武力行使だけは絶対やらない。これが憲法前文と憲法九条の本当の意味合いであると考えます。
 だからPKOとかPKFの任務を自衛隊の本務の中に入れる、自衛法第三条に入れるというのは慎重でなければならない。これは自衛隊の根本性格を変える重要な問題であるからです。附帯業務として第百条で考えるべきであると思う。いずれにせよ防衛懇の答申は簡単に扱ってはならない。
正当防衛の範囲が狭められている
 最後につけ加えたいことがあります。これで私の話を終わらせていただきます。
 それは、自衛隊がPKOに参加して海外に出たときの武器の使用の問題です。案外、皆さんに知られていないんだけれども、現実は警察官の武器使用以上に、自衛隊員に対する制約があまりにもきつすぎるということです。 言うまでもなく、PKOは平和維持の活動ではあるけれども、絶えざる危険にさらされる大変な仕事に従事するわけです。そのときの武器の使用が、国連の規則で定められている正当防衛の範囲に限られることは当然でしょう(もちろん国連規則でいう任務の遂行に対する抵抗の排除として、軍司令官の許可があれば武器の使用が認められるという、この国連規則が自衛隊の場合に適用されないことは当然である。任務遂行上やれるとなると武力行使になるから、それは認められないということは当然です)。
 警察官の場合は、自己の生命だけでなく、他人の生命が危険に瀕したときには正当防衛として武器を使用することが認められている。ところが自衛隊の場合には、自衛隊員以外の第三者の場合にはダメだとなっている。つまり、個人活動を中心とする警察官にさえ認められている正当防衛の武器使用が、警察官以上に危険と裏腹の任務につく自衛隊員の正当防衛の範囲が狭められているということはおかしいと思います。
 同時に、警察が集団として行動する警察機動隊の場合にはこの正当防衛が指揮官の命令によってのみ使用できるとなっている。それは興奮状態になる現場の実情を考えれば、正当防衛の武器使用を適正に担保しようというために指揮官の命令によるtということになっている。
 ところが、本来、集団で行動する、指揮権を中心として組織原理で活動することを常態とする自衛隊の場合には、指揮官の命令でやってはいけない。個々の自衛官の判断で正当防衛の武器使用を認めるということになっている。しかも国内の治安出動に自衛隊が出た場合には、自衛隊は指揮官の命令でなければ正当防衛といえどもやらないとなっている。
 いちばん危険な外国へ出たときには指揮官の命令でなくて個人の判断で使うということは、いかにも自衛隊というものの基本の性格から見ておかしい。それからまた、武器使用の適正使用という面から見ても、これは適当でない。しかも自衛隊の場合、すべてが個々の自衛隊員の判断と責任でやれという。指揮官は一切責任を負わない。こんなことが一体ありますか。
防衛庁幹部が責任回避の国会答弁を
 なぜこのような愚かなことになったのかということを考えますと、PKO法の審議の際に野党の徹底的な質問攻撃に対して、防衛庁のスタッフがあまりにも過剰防衛しすぎて、言うべきこと、信念を持って答弁すべきことを逃れた結果、すべてその結果の責任は隊員が負わなければならないようになった。これは一刻も早く是正する必要がある。
 こういうことを考えた場合、本来、防衛庁の幹部とか政府というものは、PKOの場合であっても自衛隊の海外派遣というものはあくまでも慎重でなければならないし、武器の使用のごときは慎重のうえにも慎重でなければならないことは当然であるけれども、やってはならないことと、やらなければならないことの区別を上層部が責任回避をするような国会答弁のもとで、自衛隊員を軽々しく海外で使うなどということはあってはならないことだと思う。この件は、がんばらなければならないことと、やってはならないことの区別がついてないではないかと。
 悪口はこのくらいで、今日の話は終わりにします。

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